【南の覇者】F
決戦たけなわ、
飫肥攻略なるか、
無念、長蛇を逸する
中島田の水(3)
先ず弓矢の応酬で戦端が開かれ、前列の兵が太刀を風車のように回して防ぎますが至距離のために直線で飛んでくる矢は甲胄のない雜兵どもに当たり、 あちこちで絶叫が起こります。次いで槍衾の突撃、忽ち迫兵戦となります。 その時、嶋津勢の左後方に喊声が起こり、西山寺隊が突っ込んで来ました、 
紫紺の九燿紋旗を翻して、長倉勘解由左衛門尉新七郎祐政、厳めしい肩書は前に討ち取った相手の諱名の無断寸借。 それに競うは、褐練貫の狩衣直垂に黒皮縅の腹巻き締め頭成り三枚兜の髭面は、歴戦の猛者落合伊賀守昌音。 続いて馬上真甲に翳す白刃は、殿より拝領とて日頃自慢の肥後物、川崎三河守祐並。 父に負けじ遅れじと、同じく駿河守祐長。
十文千鳥の槍柄を短めに持って、その水返しを鞭代わり、連錢葦毛の馬尻を叩くは、日薩隅三州きっての槍使い、飯田肥前守祐恵。 最初の獲物が穂先にかかり宙を飛ぶ、
右に一人、
左に又一人。
後を追うように、谷の口から上原隊も参戦して、縦横蜘蛛の手十文字、敵味方入り乱れての激闘が一刻余り続きました。
「チエスト!下郎の分際で手懲ずらせおって、あ、痛て、痛て、て」。
梶原藤七兵衛は今刺留めたばかりの敵の骸を跨いだ、やけに喉が渇く、見れば辺りに死体が散乱し、重傷者が呻き、 草も土も石も血と泥に塗れ、異臭が漂う。
湧き井戸の祠に先客が居ます、後向きに屈がむ男の裾は裂かれて汚い尻が覗いていますが兜の立物に見覚えがあります。
「城代殿?将監殿ではござらぬか、若は?又四郎君は御無事なるか、御存知あるまいか」
「おう、梶原氏か、先ずは水を含まれよ、ここの水は飫肥一番の銘水でござる」。梶原は一息つくと急に空腹を覚えた。
「今何刻頃でござろうや?朝飯にもありつけぬ、一旦帰城して、出直し如何なものか」。
「武士は喰事は申さぬもの、これしきの軍は何時もの事、まだ膝の上には捲くり登らぬ」 
両軍は新手を繰り替え、戦いはいつ果てるとも知れない。それから半刻ほど過ぎた頃。
「遠からん者は音にも聞け、近き人々寄ってみよや!薩州の鬼神とや、梶原藤七兵衛が首ぞ是見給へ」。
川崎河内守祐並が、大音声で名乗った。三州に隠れなき矢筈紋、梶原もついに中島田の露と消えてしまいました。
伊東相州は緋紅の張絹目掛けて我武者羅に迫ったものの、奈良原、市来に阻まれ惜しくも長蛇を逸しました。
扨て、本城正面の様子はと見ると、飫肥御本丸はかってない慌ただしい朝を迎えました。
西山寺からの火矢の一部が城塀に刺さり燻っています、深見主人正、栗下加賀守が足軽達に大声で檄を飛ばしています、
柏原宮内少輔、和田民部丞に促されて豊州忠親は武具を纏い、それを家老日置周防介忠充忠孝兄弟が見守っています、
平山越後守、種田大膳が二畳敷ほどの十字紋旗を御倉より出してきました、徒士衆が続々と登城してきます、鉦太鼓が用意され、法螺が吹かれる。
黎明とともに遥か南の下を眺めると、真綿を敷きつめたような雲海の間に間に、下河原一帯に犇めく人馬の群れ、
おぼろにのぞむ庵木瓜(いおりもっこう)の陣幕、それをとりまくように伊東加賀守祐安、弟右衛門佐、伊東新六祐基、同じく大炊介祐審、 同じく弾正忠久微など、一門 の大将級が色とりどりの旗を連ねる中央やや奥まった辺りに、剣山形を飾った獅子兜を冠り、 金蘭緞子の陣羽織の袖を抜いて、弓手(左手)に朱漆の軍扇を持ち、黒竹の牀几(しょうぎ)に股をハの字に坐す憎っくき怨敵大膳太夫伊東義祐。
早くも先鋒は後馬場(うしろばば)辺りに展開しつつある。
忠親方も二重城戸を全開し常真十文字筋に打ってでました。以下の戦様は 省きますが、この合戦で嶋津方は鹿児島から来援した重臣の全てを失い、他に城代上原式部,弓の名人春成助七等十三将を戦死させました。
伊東方も多くの犠牲をだしましたが本城には一歩も届かず、引き分けにおわりました。
戦い済んで忠平が伊東兵の勇猛さを褒め、飫肥兵の不興を買ったといいます。
忠親は忠平の気風に惚れて貴久に養子に欲しいと願いでました。
可愛い次男を飫肥に送った貴久は、その末を案じてか足利幕府に、伊東との和睦斡旋をたのんだのです。
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